「たま山歩/未踏の山道をもとめて」
【金ヶ崎城(かねがさきじょう)】(標高 86m)
(天筒山城(テヅツヤマジョウ)/標高 171m)
敦賀湾に突き出た丘の上に築かれた中世の城
現在は周囲が埋め立てられたが
北・西・南の三方を海に囲まれ
東に隣接する天筒山城につづく尾根にも
要害(城戸)を設けた 難攻不落の城だった
『金ヶ崎の退き口』
1570年 織田信長が越前朝倉攻めの際
浅井長政の裏切りにより挟み撃ちの危機に陥り
命からがら京都へ撤退した戦い(撤退戦)
窮地を救った明智光秀・豊臣秀吉の
殿(しんがり)の地としても知られている
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
吉方へ旅してきました
4月は南西ってことで
どこにすっかなーって考えてたら
19日放送の「豊臣兄弟」観て
(その前も見てて)合戦地が見たくなり
前々回の金ヶ崎/前回の小谷城/姉川古戦場
こうなったら安土城/賤ケ岳も行ってみたい
九星気学鑑定士をしてる愛知の友人が
ブログで近江八幡のこと書いてて
👇
そういや佐藤健もロケしたっていう
八幡堀も行きたかったんやと思い出し
だったら八幡山も行かなくちゃ♪
と いうことで 初めての滋賀・近江旅
行って参ります( ̄ー ̄)
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
朝7時 家を出て 美川ICから高速に乗る
北陸自動車道は半年ぶり
天気がいいせいか 月曜の朝だからか
(・・わたしがキープレフトで80km/h走行のせいか)
皆 ガンガン飛ばしていく
軽自動車なんてひとっつも走ってない
気負ってるつもりはないけど久々なせいか
手には💦 やっぱ緊張してる?
女形谷PAでさすがに小休憩
黄色いナンバープレート3台みたときはホッとした
まずは敦賀にある 金ヶ崎城跡に行く
インター降りてからがまたヒヤヒヤもの
カーナビもあるけど頼みはやっぱ Googleナビ💓
が リアル標識が見えたら瞬間焦るよね
👇 これ
右折支持に反応しそびれてまっすぐ行ってしまい
臨港道路を走ってしまった💦
目的地のピンが立った山腹を右に大回りして
ゆるゆると駐車場に到着
やっぱ簡単には行かんかったねー(苦笑)
よいよい 想定内
大型バスも駐められそうな広い駐車場
トイレもあるし 先行車は一台
トレッキングシューズに履き直し
帽子を被り まず目についた黒い石碑のまえに立つ
<金ヶ崎の戦いの伏線>
永禄13年(1570年)4月25日
越前朝倉義景領に侵攻した織田・徳川連合軍は
天筒山城に攻撃をかけ翌日には金ヶ崎城の朝倉景恒を下した
こうして敦賀口における金ヶ崎城攻略は成功していたが
長政離反の情報を受けてこの地で 信長軍の撤退が始まり
秀吉の殿軍は 最初にこの地を拠点にして撤退戦を行った
情報は 信長の妹のお市が小豆袋の両端を縛って
危機を知らせたという 逸話がある
日本戦国史に残る有名な撤退戦!
信長は 越前敦賀から朽木谷を抜けて 京に逃れた
供回りは10人ほど
(京入りは4月30日といわれる)
秀吉は光秀と共に殿(シンガリ)をみごとに努め 武功を上げた
この金ヶ崎という地
私はもっと琵琶湖寄りだと思っていた
福井だったこと 福井がこんなに西に長いことも驚き
(どんだけ 地理知らんの?w)
信長を逃がすため盾となった秀吉たちを
豊臣兄弟では見事なシナリオで見せてくれた
撤退劇の舞台にこの身を起きたかった
遊歩道は新緑に満ちていた
枝がアーチをつくって歓迎してくれてる感♪
今は ハイキングコースにもなっている市民憩いの山
参ります!(9:25)
金崎宮
お詣りをして左にある「花換の小径」に入る
敦賀市内が見えるはず(ミエナイガ)
休憩広場からみた敦賀湾🎵
上って行く 5分もかからず
「金ヶ崎古戦場 慰霊碑」前に着いた
ここは古墳が幾つもあるところらしい
「月見御殿」
金ヶ崎でいちばん高いところ(標高86m)
本丸があったところだとされている
周辺にある石灰岩が雨で削れて庭石のように見えた
城主はそれを月と一緒に愛でたのだろうな
敦賀湾 絶景ー!
そして目に飛び込んできた黒い塊は・・
奥の四角い建物が (敦賀)火力発電所だと知り納得
石炭か
その隣には 採石場とセメントプラント
確認すると 敦賀セメントだった!
金ヶ崎の石灰岩は
江戸時代の後半から採られるようになった
生石灰は特産品として出荷
肥料や建物の材料として使われていった
今は 争いなど感じさせない心地いい場所 でも
秀吉以前から この場所は多くの戦いの場となってきた
この空間で たくさんの血が流れた
来た道とは違うルートで下りてみる
左側にチラチラ垣間見えるプラント群が愉しい♪
「三の木戸跡」
本丸を守るための最後の入り口
(※木戸は城戸とも書き防御施設のひとつ)
まん中の部分が「土橋」で 両脇が竪堀になってる
この狭い尾根を利用して敵の侵入を難しくしていた
「焼米石出土跡」
生活の跡(兵糧庫あり)
焼米石と呼ばれる焼けた米が見つかったところ
織田・朝倉の戦いで焼けたとされる
「二の木戸跡」
かなり激しい戦いがあっのだろうと想像できる
分岐で 左に行くと天筒山へ行ける
戦いは二つの山にまたがったはずなので
ここも歩いてみたかったけど今回はパス
金崎宮のある 右へ下りる 見上げると
何だか妙にそそられた木
少しの時間 アーシング
急峻な斜面(木段)がつづく
社務所の横に出た
御朱印と御城印をいただきました
登城入口にあった 愛宕神社が気になり
お詣り
約一時間の山歩 終了です(10:20)
敦賀市HPにあったDL用のチラシ
今回歩いたところがダイレクトにわかるので拝借
グレーの部分(現平地)は埋立地なので
昔は海に突き出た天然の要害だったことがわかる
小さいけれど 歴史に大きな名を残した山城
月見御殿が最高でした🎵
車に戻り 次の目的地「小谷城」をセットする
一般道で50分ほどらしい
8号線で南下 30分ほど走ると
道の駅 の標識が見えてきた!
「塩津海道 あぢかまの里」
これは入るしかないでしょ🎵
道の駅はドライブ旅行の愉しみのひとつ
地元が見える場所
水の里ってとこが佳いね♪(11:15)
お昼も近くなってきたせいか人の出入りは多かった
平日だし 地元の人が多いか
気になったのがこれ
大阪へ丁稚奉公に行った地元の人たちが
盆・正月に持ち帰ったところから名がついたとか
購入 あと土産に戦国キャラ菓子
車内で 近江牛入りコロッケを食べた
道路向こうの郵便局は 西浅井っていうんだー(モグモグ)
この辺は浅井さんが多いのかなー(モグモグ) 完食
さぁ 行こう! 小谷城跡へ!
南へ ➡ ➡ ➡(びわ湖が近づく💓)
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