「たま山歩/未踏の山道をもとめて」
【白馬大雪渓】
(全長約2km〜3.5km/標高差約600m)
長野県白馬村にある 日本三大雪渓のひとつで
白馬岳への主要な登山ルート
夏でも大量の雪が残り 雪渓を登った先には
色鮮やかな高山植物が咲くお花畑が広がっている
☝ 2025年9月16日 雪倉岳山頂からみた白馬岳
【白馬岳(しろうまだけ)】標高 2,932m
日本百名山
槍ヶ岳とともに北アルプスで登山者の人気を二分している山
後立山連峰の北部にあり
長野・富山・新潟の3県にまたがっている
東面/信州側は急峻・西面/越中側は比較的緩めという
非対称山稜を形造っている
登山道は 信州側に多く 代表的なのは
白馬大雪渓を登高するもの(猿倉より所要6時間弱)
栂池自然園から白馬大池を経るもの(所要5時間40分)
越中側からは 祖母谷(ばばだに)温泉から
清水(しようず)尾根をたどるもの
(祖母谷温泉より所要10時間)が 唯一だが 長大
白馬岳/杓子岳/鑓ヶ岳 で 白馬三山と呼ばれる
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
2026年の北アルプス山行がスタート
2024年に 朝日岳
2025年に 雪倉岳
なら
2026年は 白馬岳
これ 必然
とにかく!何が何でも!「白馬岳」へ到達したい
昨年 三国峠に辿り着いたとき
見上げた白馬岳のピークはわりと近そうに見えて
(標高差:約180m/三国境 約2,751m → 白馬岳 2,932m)
上り標準タイム:約1時間
“来れる(もの)なら いらっしゃい♪”
と 誘われてる気もしたが
下半身は冷静に拒絶していた
疲労のピークで
まだ小蓮華山も越えんといかんし蓮華温泉は遠い
雪倉岳は越えたので
予定時刻までに無事下山が目標となっていた
白馬岳登頂はおあずけとなり
今年 あらためて立てた計画がこれ
【1日目】猿倉-白馬尻-葱平-頂上宿舎-白馬岳-頂上宿舎
【2日目】頂上宿舎-杓子岳-鑓ヶ岳-鑓温泉-小日向のコル-猿倉
ホントは紆余曲折
最初は栂池から
乗鞍岳-大池を経由して登るつもりだった
が 2・3日前から雨マークが点灯しはじめた
それも 3日連続(月火水)
むむむ・・
予約済みの山小屋(頂上宿舎)
キャンセル料ゼロは 前日まで なので
日曜(26日)は午前中いっぱい悩むことにした
PCと情報集めの睨み合いがつづく
雨だろうがなんだろうが行きたければ行く
集めているのは「希望」だ
何が許容できて 何ならダメなのか
3時間…4時間が過ぎ 午後になり思いだした
たしか 去年の雪倉岳もスタートは雨降りだった
降る予報はどこにもなかったのに
そうだ そんなことは山では日常茶飯事だ
振り回されるのはよそう
台風が来てるわけじゃない
暑くなりすぎなくて却っていいんじゃないか
足元の汚れとスリップを気にしなければ
ガスった樹林帯はむしろ好みだ
眺望は・・むりかもしれない
念願の白馬岳登頂なのに
ビジュなしなんて耐えれるの?
・・・・・・・・・
耐えれる と思った
去年 いい感じの写真が撮れてるから
これ 👇
今回 わたしをこの地へ誘った風景
白馬三山(白馬岳・杓子岳・鑓ヶ岳)
とにかく あの峰々の稜線を歩きたい!
それが許されたならあとは神さまの気分に従おう
悪天時の稜線上の危なっかしさを思えば
往路は大雪渓を行くのがいいと思った
その日のうちに白馬岳の頂上を踏み
翌日 好天ならば再び訪れてもいい
ダメなら 杓子・鑓 とつないで鑓温泉方向へ下りる
時間がありそうだとタカをくくり
悠長に第2便を予約してあったアルピコバス
WEB上で第1便への変更手つづきをし
午後からは 準備に時間を費やした
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
夜中の1時半に起きたとき 雨が降っていた
そう酷くはなかったが
2時半に家を出て高速に乗り
不動寺PAを過ぎたあたりから
雨が猛烈な勢いに変わった!
ただでさえ見通しが効かない闇夜
水を払うウィンカーのスピードが追い付かず
高輝度のはずのライトも役立たずに思えた
心臓がバクバク鳴った
“事故ってまうかも!”
恐怖がアクセルペダルから足先を浮かせ
80km/時を固持していた軽バンのスピードメーターは
40kmになっていた
幸い 前後を走行する車は 少なく
ときたま追い越していくトラックも超ースローモード
トンネルでホッとしたのもつかのま
出たらまた猛襲 のくり返し
あのゲリラ豪雨 今思い返してもゾッとする
山よりなにより
このときほど命の危険を感じたことはなかった
砺波平野にでるころには通常の降りに戻っていたが
雨は降ったり止んだりしながら白馬村までつづいていた
高速を降り 国道147号線を行くと白馬駅
車は 白馬八方第5駐車場に止めた
雨は止まず レインウェアを着込み
歩いて5分の白馬八方バスターミナルへ向かう
発着場
ここから 猿倉へ向かう 夏季路線バス(猿倉線)がでる
第一便は 6:00発 すでに人の列ができていた
名前を呼ばれ 乗り込んだら 約20分の林道ドライブ
最初 片道¥2,000は高いなと思ったけど
人任せにできる安堵感には変えられない
途中「おびなたの湯」と書かれた鄙びた建物がみえた
【猿倉荘】標高 1,230m~1,250m
バスは「猿倉荘」の下にあるバス停で停まった
雨が止むのを待っている人たちで山荘前はごった返していた
ここへは一般車での乗り入れはできない
タクシーかバスを予約して入る
因みに タクシーは一台¥3,000ほどだとか
乗り合せればバスより安いが・・
離れにあるトイレ
わたしも屋根の下で暫し雨止み待ち
掲示板
なるほど 白馬尻までが優しい道なわけね
さすが人気の宿/人気のルート
でも 苦手な人混み 雨は未だ降ってるけど
猿倉登山口
6:35 動き出す
ゆるっとした林道に ゆるっとした雨
幻想的な雰囲気 いいなー♪
分岐
左に行くと 鑓温泉へいける
下りはここから
今はまっすぐ右(白馬尻)へ
わたしの前には若者が4人歩いていた
おしゃべりに花が咲いて楽しそうだ
途中 先へと道を譲られたがお断りした だって
写真撮ってるとすぐ追い付かれるから💦
たしかにトレッキングに丁度いい塩梅の道
こんなのもあるし 楽しめる
石の種類はとにかく多い
<白馬尻(小屋)>
ここから 大雪渓がはじまる
ここからは 登山
ホントだ 小屋がある
小奇麗なトイレ
手洗い水もあり
氷と水の流れで丸っこくなった石が堆積
もっと早く来てたら
ここも雪渓で覆われてたんだろうなー
小休止して さぁ!と動き出してすぐだった
目の前に
血まみれの男性が下りてきて びっくり!
えっ!やばい人じゃん!
男性は 60~70代くらい
この少し先で滑って転んで右目の際と顎を切っていた
私の前をソロで歩いてた女性が
水と絆創膏で応急処置!
男性は自分を客観視できないため
“こと” の重大さをわかってないらしく
女性が鏡をだして確認してもらってた
赤っぽいシャツには血が大量についており
男性はこころなしかふらついて見える が
意識はハッキリしていてこのまま下山するという
それがいい しかしどこで滑ったのか
しばらく注意して進んだけどわからなかった
安堵して 女性とは意気投合した
大きなザック テン泊予定らしい
風が強かったら小屋泊にするかも と笑った
逞しい そして先ほどの手際の良さを思い出し
心頼もしく なんだかうれしくなった
雪渓はかなり解けている
いきなりは始まらないようだ
印に従って行くと
意味ありげなので調べてみると
遭難慰霊などの特別なレリーフではなく
同校山岳部による
同校山岳部による
登山活動や大雪渓の道程を示す記録・道標とのこと
ホッとしました
銅板かな 時代を感じさせるいい味だしてる
気温:20℃ 湿度:84% 💦
右側に雪渓は見えてるのにまだ石の上を歩いてる
涼しいかといえばまだそれほどでもない
しばらく歩くと
急に人口密度が高くなった!
ここからが始まりらしい
事前に調べたところ
6本爪でもOKとあったので軽アイゼンを使用
ちゃんと効いてたし問題はなかったが
やはり多爪のほうが歩き易そうに見えた
さて 行きますか ガスガスのなかへ
ここからストックも使用(1本)
キャップを外し雪面に確実に打ち込みながら進む
巨石の周囲は解け 川となって流れる水音が響く
雪渓の上に散乱する角ばった(落)石たち
音もなく落ちてくる・・猿倉荘の掲示板を思い出す
方向だがこれがよくわからない
たまたま人より早く飛び出したせいで
前を歩く(ガイド的な)人が誰もいない
ガスも濃くて遠目が効かない
岩の直下より
雪渓のまん中を行くのが正解じゃない?と思い 半信半疑で動いていると
おっ!
急に視界が開けてきた!
2分後
青空! 待ってました!
目の前に白い山現る!
でも なんという山だろう?
遠くだけど 歩く人の姿も見える(ホッ)
思わず後ろを振り返ったら
相変わらず ガスガスだった
足元を見ると 明らかに氷の部分
これはちゃんとしたアイゼンが必要
足を置くのはこの波打つ大地の平たい部分
動物の “おとしもの” だろうか
まつぼっくりが未消化のままでてきたような
崩れ落ちたのが一目瞭然 そしてけっこうな斜度
下山してくる人の姿も見え始めた
赤い ベンガラ粉を発見!
ここを伝って行けばいいはず
ラインの先には人影が見えた
上陸!(笑)
気温18℃ 湿度78%
歩きながら気づいていた
雪渓の上では汗が引いていた
メチャ涼しーかった♪
ここは秋道 雪渓はまだ残っているけど
こちらを歩いて欲しいらしい
それにしても
すぐ下に人がいると思うと 足元に緊張が走る
ヘルメットは自然落下の石対策もあるが
人が誤って落とす石への対策でもあるということが
実感としてわかった
登山道は狭くて急峻
下山中の団体さんの長い列が終わらない💦
規制線は高山植物を守る意味もあるが
ルートをハッキリ示す役割もあり
ありがたい♪
壊れつつある雪渓 と もの凄い勢いで流れてる水
稜線の鞍部が見える⁈
ん? 橋?
近づいてみると
板の先端と足を乗せる石が水を大きく被っていて
無理に進めば完全に濡れる
だけならいいけど 最悪足を滑らす危険性あり
と思い 上部に迂回路を探しかけたとき
後方から “ルートが違う” と声がしたので
“水が多すぎて渡れない” というと 男性も納得
が 暫くして強行突破したので あとに続いた
渡り切ったところ とうぜん濡れた💦
危なかったのは向こう側(最初)の橋
右と左から川が雪渓の下に流れ込んでいる
凄いなー♪
わたしらその上を歩いてきたんだ
上を見上げると お花畑が登場!
左手の甲のような形の岩峰
右には砂防工事のあと
なんだか そそられた石
雪渓を離れて約1時間後
あきらかにフツーの人ではないオーラを醸してる
赤ジャケには
「NAGANO RESCUE&PATROL」の文字
<山岳遭難防止対策協会>の常駐員
ずっと眼下をみてたので少し話を訊いた
雪渓の下の川のこと
すぐ横の小雪渓はトラバースしてたけど
今週から秋道に変えたのだとか
若そうに見えるけどずっと険しい顔
お世話にならないようにしなくちゃね
この山が杓子尾根の末端部だとも教えてくれた🎵
避難小屋 到着
内部は 狭いながらもすっきりとしてた
登山道はずーっと「沢」状態💦
でも お花畑は圧巻!
標高 2,553mにあった看板
ここにも雷鳥がいるらしい
ずーっと曇り空だから見れても良さげだけど・・
巨岩 三連発!
それぞれ独特の風情があっておもしろい!
あと少しかな?
ハクサンイチゲ/イワカガミ/アオノツガザクラ
11:50 村営白馬岳山頂宿舎 到着
(標高 2,730m)
ホッとした お世話になります♪
と 中に入ったけど 受付に人はおらず静まり返っていた
少しして通りかかったお兄さんに
荷物を置いて白馬岳へ行きたいと告げる
今日は稜線上は風が強い
(同じことを猿倉荘でも云われた)
昨日(7/26)は 最悪の天候だったらしく
低体温症になったひともいるらしい
ここまで不快をさほどに感じなかったのは
大雪渓が窪地にあるかららしい
そして
入り口横に設置された掲示板
北アルプス北部では今年すでに13名が死亡している
濡れたザックを乾燥室に入れて外へ
山頂へ向かう道は小屋の横で二股になっていて
テント場へ向かう表示はあったが
山頂へのそれは見えず アプリで確認
少し急そうだけど 目の前に延びる道を行く
今日は 地図アプリが大活躍で
進行方向を確かめるために何度も開いている
視界が悪くてもこれで一歩が踏み出せる
頼もしい限り
濃霧は変わらずで好天する気配もない
それどころかまともな(粒状の)雨まで降ってきた
荷物はないのに 足が重い
目を引いたのがこれ
ウルップソウ♪
北アルプスでは ここと雪倉岳でしか見られないらしい
お花を撮れたのはここまで
白馬山荘が見えてくる広い道に合流したときは最悪
男性がひとり 前方を歩いていたが
背中が痛々しかった
というか自分も余裕なんてない
ポーチをなぜかレイジャケの上に掛けてたせいで
なかまでずぶぬれ
白馬山荘に着いたとたん駆け込んだのが
「スカイプラザ白馬」
なかに入ると中国系のグループ(6~7人)が
出発の準備をしていた
ガラス越しに店内をチラ見
席に余裕あり 若い女性たちが談笑しているのがみえる
下界と変わらず居心地よさげだ
休んでいこうか とも思ったが
全身から水を滴らせた自分を顧みてその気は失せた
5分後 グループにつづいて 自分も退出
すぐ隣りに白馬山荘の受付棟があり
その横に登山道が延びている
標柱ではなく石に彫られた案内表示が独特
歩き始めるとすぐさま強風の洗礼を受ける
ここからは一本道 と思っていたので
風の抵抗をいなす前傾姿勢で歩いていたら
大きな石碑の前に来てた
一瞬 道をまちがえたかと思った
これは 「※松沢貞逸」氏の 顕彰碑
※ 明治40年に頂上直下の石室を買い取り
その隣に宗教登山に由来しない山小屋としては
日本最古の頂上小屋(現在の白馬山荘)を建設したひと
多くのご苦労があったでしょう
今日ここに来られたのは貴殿のおかげです
ありがとうございます♪
それにしても
分岐に気づかずに 気がついたらここにいた
というのは ちょっと怖い
そして 10分後 ついに
白馬岳(2,932m)山頂 到着
表記は「shiroumadake」と「hakubadake」を併記
この山の歴史を感じさせる
白馬岳の山名は 三国境の南東面に黒く現れる
馬の雪形から由来したといわれる
これをシロウマというのは かつて農家が
苗代(なわしろ)を作る時期の目安としたから
苗代馬 → 代馬(しろうま)と呼んだため
白馬岳は昔 山名がなく 山麓の人々は単に
西山(西方にそびえる山)と呼んでいた
また富山・新潟側では この一連の峰々を
ハスの花弁に見立てて「大蓮華山」と総称していた
明治以降 自治体名(白馬村)や駅名/山小屋名などで
「はくば」の読みが広く普及していき現在に至る
朝日町で育ったわたしは「校歌」で摺りこまれた
山は 白馬(シロウマ) 天翔けり~♪
と 何度も歌わされた(苦笑)
あの頃は何も考えてなかったけど
大人になり 今はこの山の崇高さがわかる
白山とは違って 山岳信仰とは無縁だが
(小蓮華山などは別)
一般の人々 とりわけ麓に住む人々の
崇敬の対象であったことはその名の歴史からも明らか
生きて行くための糧となる
命の水が生まれるところ
この頂に立って眼下を見渡せないのはとても残念だけど
心の目で 見たことにしよう
ん-とにかく 風が強い
因みに この強風の中
栂池方面から歩いてくる人も3人見かけた
途中 長野県側に広がっていたお花畑♪
白馬山荘に戻ってきて
そのまま下山
筋肉への負荷もなく 開放的な気分で
フラワーウォッチング♪
来るとき合流した地点をまっすぐ進むと
山の交差点に着いた(祖母谷分岐)
皆 ここから目指すんだね
白馬岳・白馬山荘 ⇔ 杓子岳・白馬鑓ヶ岳
白馬大雪渓 ⇔ 清水岳・祖母谷温泉
(↑現在通行止め)
分岐を大雪渓方向に下りて行くと
テント場受付の表示があり
ここで 白馬尻小屋近くで
応急処置に立ち会った彼女に再び出逢った
テント場をみてびっくり!
あきらかに数が少ない が
彼女は 強風をものともせず設営するそうだ
村営白馬岳頂上宿舎に戻り 受付を済ませ
濡れたもの一式をそのまま乾燥室へ移動
これは助かった 特にブーツはどうなることか 不安
指定された「鑓」部屋へ移動
中に入ると
こぎれいな大部屋
8人用だけど今日は4人のみ
3人は若い女性グループで反対側に
私は一人でこちら側を悠々使わせてもらえた
とはいえ 室温はいまいち
身の回りの整理を済ませたら
暖を採るため 1階奥の談話室へ
同室の女子たちがまったり中だった
ここで夕食(5時)までの時間を過ごした
全国から集まった山男山女の皆さん
今日この日このとき 何の因果かひとつ部屋
山情報を交換しあって楽しいひととき
あっという間に時間は過ぎ
おまちかね ごはんTIME
この小屋を選んだ理由の一つがこれ
ビュッフェ形式で
食べれる分だけ食べるというのが気に入った
いいなー♪
おかわり自由
ビーフシチューやデザートまでつくとは⁈
嬉しすぎて美味しすぎて 腹パンです!
食後 いつものように登山バッジを買った
今回は手ぬぐいも買った!
食堂をでた入り口付近では
「山岳遭難防止対策協会」のかたが常駐してらして
登山についての心配に答えてくれる
わたしが気になるのは明日の天気のみ
下山ルートを変えるつもりもない
が いろんな人がいて 例えば
栂池から来てピストンで下山するつもりだったひと
不帰キレットを歩いて唐松岳へ抜ける予定だったひと
などは 常駐員の助言により
大雪渓を下りる選択をしたようだ
アイゼンを持ってきてないのでここで
軽アイゼンを購入 装着指導もしてくれた
そう 明日はとにかく 悪天候が決定しているらしい
具体的には 10時頃から雨風が酷くなるらしい
去年歩いた三国峠から白馬大池への稜線は
たしかに遮るものもなく雷など落ちようものなら
命の危険さえある
不帰キレットにしても
(わたしは未だ歩いたことはないが)
ふだんでさえ難関とされる箇所に悪天で臨むのは
命知らずというしかない
その点でいうとわたしは
来る前に たくさん悩んだおかげか
ブレることはなかった
ただ天気は気まぐれなので
最悪のシナリオ 最善の行動を肝に銘じた
夜 20時
同室の女子たちも
4時には小屋を出るというのを確認して布団に入った
あれだけ寒いと言っていながら
インナーシュラフのなかはけっこう暑かった
夜中に寝がえりでなんどか目が覚めそうになったが
総じて眠れたと思う
目覚めたのは3時だった
<北又小屋から朝日岳を目指した山歩👇>
<朝日岳から雪倉岳を目指した山歩👇>
-◇- -◇- -◇- -◇- -◇- -◇- -◇- -◇- -◇- -◇- -◇- -◇- -◇- -◇- -◇-




























































































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