2016/07/05

マイパスポート今昔物語

海外脱出宣言をしたあとは、具体的な行動に移らねばならない。
まずはとにかく「パスポート」
ニッポン国の法に逆らうとか、氏素性によほど問題がないかぎり、簡単にとれるものだが、取得までにだいぶ時間をくってしまった。原因は「写真」である。





現在パスポートは、更新までの期限が「5年」か「10年」というのを選べる。
期間が倍なら申請手数料も倍かというとそーではなく、5年だと¥11,000、10年だと¥16,000 迷わず10年を取りに行く。

なんてったってここに貼りついた「カオ」は、この先10年変わんない!10年後のアタシが10年前のアタシをみて、なんだ対して変わってないと思うか、もう帰ってこない昔の自分に嫉妬するか、っていうとやっぱり後者でしょう。
10年後の自分がどんな老け顔になっているかは想像できない(したくない…恐ろしい)が、明日より今日のほうが絶対マシに決まってるんで…(トホホ)

だから「写真写り」なんてのは相当に重要なのである!少しでも若々しく見えるのは勿論のこと、今の自分を映し出すコンセプトが必要だ!漫然としたカオを貼り付けたくはない。まずは美容院に行かねば!

ところが…
行こう!と思ったら月曜日…
行こう!と思っても、自分らしさのイメージが湧かない…
髪は切る!切るから失敗は許されない!どーしよ、どーしよ…
伸びきった髪をかきむしりながらグダグダしてたら5月も下旬になってしまった。

ここで神さまがささやく…おまえの悪い癖だ、完璧を求めるな!
そーか、そーだな…独りで考えててもらちが明かないなら行ってみるしかない。
前回かなり短く切っといたせいで、半年もご無沙汰していた「かかり付け」のヘアサロン。



扉を開けると、新顔のイケメンがニコニコして迎えてくれた。聞けばマスターの息子で東京帰り!
あちらでは“カリスマ美容師”と呼ばれていたとかいないとか…

「俺の息子、帰ってきたばっかなんや(ニコッ)」とアルマス
「えっ?!」(このマスターのスマイルは絶品!)

「今日は、彼にやってもらおうと思って…(ニコッ)」
「いいけど…」(そんな笑顔で言うけど…やや不安)

金沢市玉鉾、犀川沿いにある「アルル」のマスター(だからアルマス)とは私が20代の頃からのそれこそ、ながぁ~い友達で…髪の癖から趣向まで全部知ってる頼もしいオジサマなのだ。

いつも適当なことしか言えないアタシは、アルマスにはほぼ丸投げ状態。楽して委ねてあんがとーで終わるんだが、今日は特別の日!イケメンアンチャンの未知の腕前が気になる。と、モサモサ考えてる間にいろいろ聴いてくる、というか聴いてくれる。
アタシが「ロックなオンナにしておくれ…」と言ったら、サクサクッと提案かましてくれて、それが何かこー斬新でユニークで、変身願望をくすぐると言うか、愉しくなってきた!

私は何か運命的なものを感じた。このタイミングで“カリスマ美容師”の登場ってでき過ぎ、これは神さんが仕組んだことかもしれない。修行して帰ってきたと言うなら、アンチャンは、この先この店を継ぐんだろうな、ならば避けて通ることはできない。お手並み拝見、悪いようにはしないはず…で、委ねて見たらこれが正解!魔法を振りかけたような…アシンメトリーと金髪メッシュでまとめた極上のイケてるネーサンができあがった!



第一段階は、“カリスマ美容師”のおかげで、気分よくクリアした。第二段階の「写真撮影」に臨む。初めは機械撮りにしようと思っていた。自分流に調整できるし、人の手に掛かったからと言って必ずしも満足のいくものができるとは限らない‥が、パスポート申請の書類を取りに行ったとき、えらく沢山のことを言われたのを思い出した。特に縦横寸法の余裕なさすぎ、金と時間を浪費するのは痛い。じゃあとプロに頼むことにした。








白山市専福寺町って、我楽から割と近くにある「アンダンデフォトオフィース」
たかが旅券写真にスタジオ撮影してくれて、これまた“腕利き”のカメラマンのおかげで何のストレスもなく終了。

6/2 いかにもーの薄ら微笑を湛えた年齢不詳“ロックねーちゃん”の写真が届く。
「ほほっ…いい感じじゃん…」旅券の中で時が止まった自分を想像してニタつく。このカオと10年付き合うんだなーー!その間、幾つの国のイミグレをこの愛想笑いが通過するんだろーか。インスタントで済ませなかった決断が間違いでなかったと笑う日がくるだろう~ガハハ!ってか



第三段階へと進む!必要書類を揃えて申請だ。
私の場合は「写真」「戸籍抄本」「身元確認書類」「前回取得した旅券」でいいらしい。長い時間封印されていた20世紀のパスポートが出てきた。表紙をめくると、えらく幼い顔をした自分がいた。ふっくらした頬がウソみたい!上貼りされたシールは黄色く変色していて、時の経過をまざまざと見せつけていた。


その昔、ヨーロッパをひと月かけて列車旅をしたことがある。国境越えの時に車内で旅券チェックをされるのだがその時「赤」パスポートの威力を頼もしく思ったことを覚えている。要求されて提示はするが、中身まで確認された記憶がない。現在も世界に通用する「無敵の赤」170カ国以上の国へ査証なしでいける信頼の証。こんなところはニッポン国に感謝したいな。

話を戻すが、先に言った4品に「一般旅券発給申請書」をつけて持ち込んだ先が、金沢市のリファーレ3階にあるパスポートセンターだ。石川県では他に3ヶ所で受け付けてもらえるが、交付までに時間がかかる。小松か金沢の選択、ここにしない理由はない。






エスカレーターで3階まで上がると、ガラス張りのオフィスがあった。こじんまりしているが、デジタル化された呼び出し板や県証紙自動販売機などがあり、スッキリ明るい室内だった。特に問題もなかったが、一つだけ焦ったのは、「日本国内の緊急連絡先」を指摘された時だった。申請書を空欄にしていたのを忘れていた!

「記入をお願いします」
促されつつ考えた。いま私の身内は離れて暮らす息子たち2人だけだ。長男はまだ学生だが20才を超えている。迷う必要も余地もない。ただ何かが引っかかっていた。

たぶん「海外で私に何かあったとき」というのは、あまり想像したくはないがよほどの事態である。だいたい災難なんて日本にいたって日常の中にいくらでも転がっている。次男は廃車にするほどの自動車事故を起してるし、小学生のとき長男が罹った病は現代医学でなければ死に至っていた。私は親になった時から、そんな凍りつくような出来事に当たり前のように付き合ってきた。

いま、たかが紙切れ一枚でも、息子を自分の身元引受人として記すという行為が、万が一のときに過大な負担をかけてしまうんじゃないだろうか…私にブレーキをかけたのは、そんなしごく単純な親心だったと思う。

「住所がわかりませんか?」
再び促されて、私はi-phoneに保存してある長男の住所と電話番号とEメールを書きこんだ。
「何かある、なんてことはない…絶対に…」

でも、もしそーなったときは、頼りにするしないよりも、とにかく会いたいと思うから、あの子たちの顔が見たいと思うから、だから記した。それでいいと思った。

パスポートの受け渡しの日は、この日に決められる。私が指定されたのは4日後。

6/10 さて第四段階、最終である。パスポートを取得した。
再びパスポートセンターを訪れた。受取は申請地と同じと決まっている。必ず「本人」が来なくてはいけない。センターの中に「県証紙(2,000円)」と「収入印紙(14,000円)」を購入する自動販売機が設置されている。これを買い、指定の用紙に貼りつけ、窓口に出し、念願のパスポートを手に入れた!

手にしたのは、以前のモノよりコンパクトになっていた。何やら「ICチップス」というのが内蔵されていて、真ん中へんが堅い。菊の御紋は同じ、表紙をめくると私がいた。これが私のID、私が日本国民である証明。やはり赤い表紙は誇らしい^^

石川県の旅券(パスポート)申請の案内
    ↓
http://www.pref.ishikawa.lg.jp/kokusai/passport/passport.html



② → つぎへ続く

0 件のコメント:

コメントを投稿